オフィスツールで実践するデザイン思考のステップ:非デザイナーのためのUX起点ガイド
プロダクト開発に携わる中で、「ユーザーの真のニーズをどう把握すれば良いのだろうか」「開発チームともっと効果的に連携したいけれど、デザインの専門知識がない」「デザイン思考という言葉は聞くけれど、具体的に何から手を付けて良いか分からない」といった悩みを抱えている方もいらっしゃるかもしれません。
デザイン思考は、ユーザーを中心とした問題解決のアプローチとして知られていますが、特別なデザインツールや専門スキルがなくても実践を始めることは可能です。身近にあるオフィスツールを活用しながら、UX起点の考え方を日々の業務に取り入れていくことができます。
この記事では、非デザイナーの方でも理解しやすく、具体的な行動につながるように、デザイン思考の主要なステップを解説し、それぞれのステップでオフィスツールをどのように活用できるかをご紹介します。
UX起点のデザイン思考とは
UX起点のデザイン思考は、プロダクトやサービス開発において、開発者や提供者側の視点ではなく、それを利用するユーザーの体験(UX)を起点に考えるアプローチです。単に使いやすいインターフェースを作るだけでなく、ユーザーがどのような状況でプロダクトを利用し、何を感じ、何を求めているのかを深く理解することから始めます。
このアプローチは、一般的に以下の5つのステップで構成されることが多いですが、実際にはこれらのステップを行き来しながら進める反復的なプロセスです。
- 共感 (Empathize)
- 定義 (Define)
- アイデア (Ideate)
- プロトタイプ (Prototype)
- テスト (Test)
これらのステップを順に見ていきながら、どのように実践できるか、そしてオフィスツールがどのように役立つかを確認していきます。
ステップ1:共感 (Empathize) - ユーザーを理解する
デザイン思考の出発点は、ユーザーへの深い共感です。ユーザーがどのような人たちで、彼らが抱える課題やニーズ、行動、感情などを多角的に理解することを目指します。
実践方法:
- ユーザーインタビュー: ユーザーに直接話を聞き、彼らの経験や考え方を理解します。既存の記事で具体的なステップを紹介しています。
- 観察: ユーザーが実際にプロダクトを使用している様子や、関連する活動を行っている状況を観察します。
- 文献調査: ユーザー層に関する統計データ、業界レポート、既存の調査結果などを参照します。
オフィスツール活用例:
- Word/Google Docs: インタビューの記録や観察メモを構造的にまとめます。録音データを文字起こしし、重要な発言やキーワードをハイライトするのに使えます。
- Excel/Google Sheets: 複数のユーザーからの情報を整理し、共通するパターンや傾向を分析するための基礎データとして活用します。インタビュー対象者のリスト管理にも便利です。
- PowerPoint/Google Slides: 収集したユーザーに関する情報(写真、引用、観察記録など)を視覚的にまとめ、チームに共有するための資料を作成します。
ステップ2:定義 (Define) - 課題を明確にする
共感のステップで収集した情報に基づき、ユーザーの真のニーズや解決すべき本質的な課題を明確に定義します。このステップでは、「誰が(ユーザー)、どのような状況で(文脈)、何に困っているか(課題)」を具体的に言語化することが重要です。
実践方法:
- インサイトの発見: 収集したデータから、ユーザーの隠れたニーズや行動の背景にある洞察(インサイト)を見つけ出します。既存の記事でインサイト発見について解説しています。
- ペルソナ作成: 典型的なユーザー像を具体的に描写したペルソナを作成し、チーム内で共通のユーザー理解を促進します。ペルソナ作成に関する既存記事も参照してください。
- 課題の明確化: 「〇〇なユーザーは、△△な状況下で、□□という課題に直面している」といった形式で、解決すべき課題を簡潔に定義します(POV:Point Of View)。
オフィスツール活用例:
- PowerPoint/Google Slides: インサイト、ペルソナ、定義した課題(POV)をまとめて、チームと共有するための資料を作成します。ペルソナシートのテンプレートを作成するのに適しています。
- Excel/Google Sheets: 収集したユーザーデータの断片からインサイトを抽出する過程で、キーワードや観察事項を分類・整理するのに役立ちます。
- Word/Google Docs: 定義した課題やPOVを詳細に記述し、チーム内でレビューするためのドキュメントを作成します。
ステップ3:アイデア (Ideate) - 解決策を発想する
定義された課題に対して、多様な解決策のアイデアを自由に発想するステップです。ここでは、質より量を重視し、常識にとらわれない幅広いアイデアを出すことが推奨されます。
実践方法:
- ブレインストーミング: チームメンバーで集まり、特定の課題に対して思いつく限りのアイデアを出し合います。ブレインストーミングの進め方については既存記事で詳しく解説しています。
- KJ法: 出されたアイデアを整理・分類し、本質的な構造や関係性を明らかにする手法です。
- SCAMPER: 既存のアイデアや概念を新しい視点で見直し、アイデアを発展させるためのフレームワークです(Substitute, Combine, Adapt, Modify, Put to another use, Eliminate, Reverse)。
オフィスツール活用例:
- PowerPoint/Google Slides: ブレストで出たアイデアを付箋のように配置したり、グルーピングしたりして可視化します。オンラインでの共同作業が可能なツール(例: Miro, FigJam - フリープランでも使用可能)と組み合わせるのも効果的です。PowerPointのスライドを模造紙に見立ててアイデアを貼り付けていくイメージです。
- Word/Google Docs: アイデアをリストアップしたり、SCAMPERなどのフレームワークに沿ってアイデアを記述したりするのに使用します。
- Excel/Google Sheets: アイデアのリスト化や、簡単な分類、優先順位付けのための初期的な表を作成するのに使えます。
ステップ4:プロトタイプ (Prototype) - アイデアを形にする
アイデアの中から有望なものをいくつか選び、ユーザーが体験できる形(プロトタイプ)として具体化します。プロトタイプは完璧である必要はなく、アイデアの核となる部分を素早く、低コストで作成し、検証に使えるようにすることが目的です。
実践方法:
- 紙プロトタイプ: ユーザーインターフェースの画面遷移や要素を手書きで描写し、操作感をシミュレーションします。紙プロトタイピングについては既存記事を参照してください。
- 簡易ワイヤーフレーム: 画面の基本的な構成要素やレイアウトを、詳細なデザインを伴わずに作成します。
- ストーリーボード: プロダクトを利用するユーザーの行動や感情を、連続した絵や簡単な説明文で表現し、利用シーンを可視化します。
オフィスツール活用例:
- PowerPoint/Google Slides: 各スライドを画面に見立てて、画面遷移を模倣する簡単なプロトタイプを作成できます。図形描画機能やSmartArtを活用して、ワイヤーフレームに近いものを作ることも可能です。
- Word/Google Docs: ストーリーボードの各シーンを描写したり、簡単な図を挿入してプロトタイプの構成要素を説明したりするのに使用します。
- Excel/Google Sheets: プロトタイプの画面構成や要素のリストを整理し、仕様の簡単なメモとして使用できます。
ステップ5:テスト (Test) - ユーザーからフィードバックを得る
作成したプロトタイプを実際のユーザーに利用してもらい、フィードバックを収集します。このステップで得られた知見を元に、最初の課題設定やアイデア、プロトタイプを改善していきます。
実践方法:
- ユーザーテスト: プロトタイプをユーザーに使ってもらい、操作の様子を観察したり、感想を聞いたりします。オフィスツールを使った手軽なユーザーテストの実施方法については既存記事で解説しています。
- A/Bテスト(簡易版): 複数の簡易プロトタイプを用意し、どちらがユーザーにとってより良い体験を提供するか比較します。
- アンケート: プロトタイプや特定の機能について、ユーザーの意見や評価を広く収集します。
オフィスツール活用例:
- Excel/Google Sheets: ユーザーテストの結果(タスク完了率、エラー発生箇所、ユーザーのコメントなど)を記録し、集計・分析を行います。
- Word/Google Docs: ユーザーテストの実施計画書、テスト時の観察シート、テスト結果のまとめレポートを作成します。
- Google Forms/Microsoft Forms: 簡易的なユーザーアンケートを作成し、フィードバックを収集します。収集したデータはExcel/Google Sheetsにエクスポートして分析できます。
- PowerPoint/Google Slides: テスト結果から得られたインサイトや改善点をまとめて、チームや関係者に報告するための資料を作成します。ユーザーの反応や発言の動画・音声などを埋め込むことも可能です。
まずは小さく始めてみる
デザイン思考は、すべてのステップを最初から完璧に行う必要はありません。まずは、ご自身の担当するプロダクトやサービスで気になっている小さな課題について、ユーザーへの共感から始めてみる、あるいはアイデア発想をチームで試してみるなど、取り組みやすそうなステップから始めることができます。
オフィスツールは、ユーザーに関する情報を整理したり、アイデアを可視化したり、プロトタイプの骨組みを作ったり、テスト結果をまとめたりと、デザイン思考の各ステップをサポートするための強力なツールとなり得ます。特別な専門ツールがなくても、まずは手元にあるツールを使って、ユーザー起点の考え方を実践してみてください。
このプロセスを通じて、ユーザーの真のニーズに基づいたプロダクト開発が進み、より良いユーザー体験の提供につながることを願っております。継続的な学習と実践で、UX起点のデザイン思考を自らの力としていくことができるでしょう。