ユーザー体験の全体像を捉えるカスタマージャーニーマップ:オフィスツールで始める実践ステップ
カスタマージャーニーマップとは何か
プロダクト開発において、ユーザーの真のニーズを理解し、より良い体験を提供することは不可欠です。しかし、ユーザーの体験は単一の行動ではなく、プロダクトとの様々な接点を通じて時間と共に変化する一連のプロセスです。この一連のプロセスを視覚的に整理し、理解を深めるためのツールの一つに「カスタマージャーニーマップ」があります。
カスタマージャーニーマップは、特定のペルソナがプロダクトやサービスを知ってから、利用、そして利用後の段階に至るまで、どのような行動を取り、何を考え、どのように感じているかを時系列で可視化したものです。これを作成することで、ユーザー視点での課題や機会を発見し、開発チーム全体でユーザー理解を深めることができます。
デザインツールや専門的なUXツールに不慣れな場合でも、カスタマージャーニーマップは一般的なオフィスツールを用いて作成することが可能です。本記事では、非デザイナーの方でも実践できるよう、オフィスツールを活用したカスタマージャーニーマップ作成の基本的なステップと実務での活用方法を解説します。
カスタマージャーニーマップの目的と期待される効果
カスタマージャーニーマップを作成する主な目的は、ユーザー体験の全体像と詳細を多角的に理解することにあります。これにより、以下のような効果が期待できます。
- ユーザー視点の獲得: 開発者や関係者が、提供者側ではなくユーザーの視点に立って体験を捉え直すことができます。
- 課題と機会の発見: ユーザーがどの段階でどのような課題に直面しているか、あるいはどのような機会が潜在しているかを具体的に特定できます。
- チーム間の共通認識形成: 開発、マーケティング、サポートなど、異なるチーム間でも共通のユーザー理解を持つことができ、部門間の連携強化に繋がります。
- 改善点の優先順位付け: ユーザー体験上のクリティカルな課題や、インパクトの大きい改善機会を明確にすることで、開発や改善活動の優先順位を判断する材料となります。
- 新しいアイデアの創出: ユーザーのジャーニーを詳細に分析することで、これまで気づかなかった新しい機能やサービスのアイデアが生まれる可能性があります。
カスタマージャーニーマップ作成の基本ステップ
カスタマージャーニーマップを作成するプロセスは、いくつかのステップに分けられます。オフィスツールで進めることを想定し、具体的な手順を見ていきましょう。
ステップ1: マップ作成の目的と対象範囲を定義する
最初に、なぜカスタマージャーニーマップを作成するのか、その目的を明確にします。特定の機能に関する体験を深掘りしたいのか、サービス全体の利用プロセスを俯瞰したいのかなど、目的に応じてマップの対象となるユーザー体験の範囲を定めます。この目的が、マップに含めるべき情報や詳細度を決定する指針となります。
ステップ2: ペルソナを準備する
カスタマージャーニーマップは、特定のユーザー(ペルソナ)の視点で作成します。既にペルソナが定義されている場合はそれを使用します。まだ無い場合は、対象となるユーザーの典型的な特徴(属性、目標、行動、ニーズなど)をまとめた簡易的なペルソナを設定します。ペルソナは、ユーザー体験をより具体的に想像するための基盤となります。
ステップ3: ユーザーの行動フェーズを特定する
対象となるユーザー体験の全体を、いくつかの論理的なフェーズに分割します。例えば、プロダクトの場合、「認知」「検討」「利用開始」「継続利用」「問題解決」などのフェーズが考えられます。これらのフェーズは、ユーザーの行動や心理状態の大きな変化に基づいて設定します。
ステップ4: 各フェーズの要素を洗い出す
特定した各フェーズについて、以下の要素を具体的に洗い出します。情報収集の方法としては、ユーザーインタビュー、アンケート、問い合わせデータ、ウェブサイトのアクセス解析などが有効です。
- ユーザーの行動: そのフェーズでユーザーが具体的に行う行動(例: 製品情報を検索する、デモ版を試す、サポートに問い合わせる)。
- ユーザーの思考: その行動の背景にあるユーザーの考えや意図(例: どの製品が良いか比較したい、使い方が分からない)。
- ユーザーの感情: そのフェーズにおけるユーザーの感情や心理状態(例: ワクワクしている、不安を感じている、イライラしている、満足している)。感情は絵文字や簡単な言葉で表現すると分かりやすい場合があります。
- タッチポイント: ユーザーがプロダクトやサービス、あるいは関連情報と接する全てのチャネルや媒体(例: ウェブサイト、メール、広告、アプリ、店舗、カスタマーサポート)。
- 課題/ペインポイント: そのフェーズでユーザーが直面している問題点や不満(例: 情報が見つけにくい、手続きが煩雑、レスポンスが遅い)。
- 機会/機会点: ユーザーの欲求を満たす、あるいは体験を向上させるための潜在的な機会(例: FAQを充実させる、 onboardingプロセスを改善する)。
ステップ5: オフィスツールで可視化する
洗い出した情報をオフィスツールを用いて整理・可視化します。
- スプレッドシートツール: 各列にフェーズを、各行に「ユーザーの行動」「思考」「感情」「タッチポイント」「課題」「機会」などの要素項目を設定し、表形式で情報を入力します。シンプルながらも全体像を構造的に把握できます。
- プレゼンテーションツール: スライドを横に並べ、各スライドまたは特定の領域をフェーズとして区切ります。それぞれのフェーズ内に、テキストボックスや図形、画像を用いて行動、思考、感情などを配置していきます。図解的な表現に適しており、視覚的に分かりやすいマップを作成できます。
- ドキュメント作成ツール: 表機能を用いてスプレッドシートと同様の形式で整理したり、図形描画機能とテキストを組み合わせて図解的にまとめたりできます。
これらのツールを用いる際は、特定のテンプレートに縛られすぎず、目的や情報の種類に応じて柔軟にレイアウトを工夫することが重要です。感情の曲線グラフを挿入したり、課題や機会を強調表示したりすることで、マップのメッセージ性を高めることができます。
ステップ6: 課題と機会から改善策を検討する
作成したマップをチームで共有し、ユーザーが抱える課題や、改善の機会となりうる点に注目して議論します。特に感情がネガティブになっているフェーズや、多くの課題が集中しているタッチポイントは、優先的に改善を検討すべき領域です。ブレインストーミングなどを通じて具体的な改善策のアイデアを出し、マップに紐付けて記録しておくと良いでしょう。
実務での活用方法と注意点
作成したカスタマージャーニーマップは、作成して終わりではなく、日々のプロダクト開発や改善活動に継続的に活用していくことが重要です。
- チーム内での共有: 定期的なミーティングやワークショップでマップを共有し、共通のユーザー理解に基づいた議論を行います。壁に貼り出すなど、常に目に触れる場所に置くことも有効です。
- 意思決定の根拠: 新機能開発の検討、既存機能の改善、施策の立案など、様々な意思決定の際にマップを参照し、ユーザー体験への影響を考慮します。
- 新しいメンバーへの導入: プロジェクトやチームに新しく参加したメンバーへのオリエンテーション資料として活用することで、早期にユーザー理解を促すことができます。
- 継続的な更新: ユーザーの行動やプロダクト・サービスは常に変化します。定期的にマップを見直し、必要に応じて情報や分析を更新していくことで、常に現状に即したユーザー理解を保つことができます。
注意点としては、カスタマージャーニーマップはあくまで「仮説」であるという点を忘れないことです。特に、ユーザーの思考や感情は推測が含まれる場合があります。可能な限り、実際のユーザーデータや定性的なフィードバック(インタビュー結果など)に基づいて記述することが望ましいです。また、詳細に作り込みすぎようとして作成が滞るよりも、まずはシンプルに作成し、徐々に情報を追加していくというアプローチも有効です。
まとめ
カスタマージャーニーマップは、非デザイナーの方でもオフィスツールを活用して十分に作成できる、ユーザー体験を深く理解するための強力なツールです。ユーザーの視点に立って一連の体験を可視化することで、隠れた課題や機会を発見し、開発チーム全体で共通認識を持つことができます。
本記事で紹介したステップを参考に、ぜひ自社プロダクトやサービスのカスタマージャーニーマップ作成に挑戦してみてください。実際に手を動かし、ユーザー体験を具体的に捉え直すことから、よりユーザーに寄り添ったプロダクト開発への第一歩が始まります。